bjリーグ開幕への歩み

リーグの活動 JBL脱退に関するチームの活動

プロ化推進活動第1期 (02年1月~12月)

新潟アルビレックスが中心となり、横浜、千葉、さいたまの4チームでプロ化推進プロジェクト(以下Bプロジェクト)が立ち上がる。
主要な方々の賛同を得、プロ化についてはJABBA、JBLで巻き取ることになった。その結果、02年7月10日のJABBA理事会で活性化検討特別委員会(以下活性化委員会)の新設が承認。02年中に委員を決定し03年にプロ化への答申が出されることになった。

プロ化推進活動第2期 (03年1月~04年1月)

活性化委員会が設置されその答申を待っていた期間。
Bプロジェクトとしては中断したものの、スキームを練り直すなど内部での企画内容のブラッシュアップに努めた。しかし、活性化委員会の方針が提出されなかった。またJBLに対し何度も進捗を確認するが報告は先延ばしになっていた。
やむを得ず、現状打破のため並行して独自でプロリーグ企画の活動を再開。

04年1月23日 プロリーグ設立研究会の発足

新潟アルビレックス(以下新潟)、さいたまブロンコス(以下さいたま)を中心にリーグ設立準備室の前身にあたるプロリーグ設立研究会を発足を決定。

04年2月27日 JBL(バスケットボール日本リーグ機構)プロ化への進捗状況最終確認

2002年より働きかけてきたJBLのプロ化に対する回答をJBL専務理事に求めるが、具体的な回答が出ない。プロ化の進展がない場合は、来期より新潟、さいたまがJBL脱退を考えていることを申し入れる。

04年8月12日 準備室の設立

2005年11月日本初プロフェッショナルのバスケットボールリーグ開幕を目指し、有限責任中間法人日本プロバスケットボールリーグ設立準備室を開設。リーグ運営組織としての拠点を持ったことで、各チーム間の意見交換が盛んになる。

04年8月19日 JBL脱退の否認報告

新潟、さいたま両チームのJBL脱退についての回答が発表される。JBL理事会での審議の結果、JBLスーパーリーグ規程第42条・日本リーグ規程第26条の条項(*)に該当しないことを理由に脱退が否認される。
*「脱退」は廃部、解散、譲渡またはそれに類する事由の場合に認められる。

04年8月20日 新リーグ設立意志表明

JBL理事会による「脱退否認」の回答を受け、「JBL回答への遺憾、新リーグ開幕への決意」をプレスリリースする。同時に脱退承認に対する法的正当性を主張、JBL理事会へ異議を申し立てる。脱退承認へ向けての交渉を開始。

04年8月28、29日 新潟合宿への参加

リーグ準備室、リーグ参加予定の各チームのスタッフが新潟アルビレックスのプレシーズンマッチの運営に同行する。事業モデルとして参考にすべく勉強会を行う。

04年9月7日 JBL脱退に対する回答日の報告

JBL理事会で、新潟・さいたま両チームの脱退についての回答が04年10月12日になされる旨報告を受ける。

04年9月30日 第1回メディアサロンの開催

新リーグをより良いものに向上させることを目的に、マスコミ各社と意見交換会を開催。開かれたリーグを目指し、定期的に意見交換会を開催する予定。

04年10月12日 JBL脱退の継続審議の報告

JABBA・JBL「プロ化実行検討委員会」発足。
JBL理事会より新潟・さいたまの脱退に関して継続審議の報告を受ける。
また、同日開催されたJABBA・JBLの共同記者会見において、JBL内にプロ化実行検討委員会が設置され「来年3月までプロ化の必要性を検討する」ことが発表された。
これを受け準備室はJABBAに対し引き続き協力依頼の意向を表明するとともに、来年11月の新リーグ開幕に向け準備を続ける意志をプレスリリース。

04年11月24日 リーグ発足記者発表会開催

新潟、さいたま、仙台、東京、大阪、大分、準備室の7社でリーグ設立の調印式を行う。リーグ名称「bjリーグ」、リーグの理念を表す「bjリーグ宣言」を発表。また、仙台89ers、新潟アルビレックス、さいたまブロンコス、東京アパッチ、大阪ディノニクス、大分ヒートデビルズのリーグ参加の正式決定を発表。

05年2月12・13日 bjリーグ合同トライアウト(一次選考)開催

関東(小田原アリーナ)、関西(ぷくぷくドーム)の2会場で2005-2006年シーズンのトライアウトを開催。517名(関東会場356名・関西会場161名)が参加。この中から5月23日の二次(最終)選考へ進む50名が決定した。

05年4月4日 リーグ運営会社設立記者会見開催

11月の開幕に向けてリーグ運営主体である「株式会社日本プロバスケットボールリーグ」の設立と2005-06年シーズンの試合日程、競技規定(一部)を発表。また、伊藤忠ファッションシステム株式会社とのマスターライセンスに関する業務提携も併せて発表した。

05年4月4日 さいたまブロンコスがチーム名称を変更

埼玉県を代表できるチームを目指し、「さいたまブロンコス」から「埼玉ブロンコス」(以下埼玉)に名称を変更。

05年4月13日 新潟、埼玉のJBL脱退が正式承認

3月31日JABBA・JBL「プロ化実行検討委員会」が答申を発表。新潟、埼玉の2チームはJBLより脱退申し入れ再考を要請されたが、「昨年6月30 日付けの脱退届けにより脱退は有効に成立している。」と回答。新潟、埼玉の2チームはこの日、正式にJBL脱退の承認を受ける。

05年5月23日 bjリーグ合同トライアウト(二次選考)開催

合同トライアウト第二次(最終)選考を5月23日に開催。第一次選考通過者に加えて、bjリーグ推薦(実業団チーム選手、海外でプレイしている選手)とチーム推薦(新潟、埼玉、大阪の既存選手)の合計87名が参加した。

05年5月23日 大阪がチーム名称を変更

「大阪ディノニクス」から「大阪エヴェッサ」への名称変更の発表が行われた。また、同時に新チーム運営母体「ヒューマンスポーツエンタテインメント株式会社」の設立も発表。

05年6月6日 bjリーグドラフト会議2005開催

ドラフト会議2005を6月6日、東京にて開催。トライアウトで選考された102名の指名対象選手のうち、26名のドラフト指名選手と既存チームのプロテクト選手5名が発表された。

05年9月1日 ユニフォーム、公式ゲームボール発表会

東京にて、所属6チームのチームユニフォームと公式ゲームボールを発表。いずれも「SPALDING」ブランド。

05年10月13日 2006-2007シーズンのエクスパンションチーム決定

8月22日~9月14日に公募したリーグエクスパンションで、新規加入が、富山、高松に決定し、2006-2007シーズンは8チームで行うことを発表。

05年11月5日 bjリーグ開幕

『「バスケがしたい」。その想いで我々はこの日のために準備をしてまいりました。多くの方々のご協力があり、今日ここにbjリーグをスタートさせることができます。選手、関係者、そして皆様ブースターが一緒になって「バスケをしましょう」。2005年11月5日、ここにbjリーグの開幕を宣言します!』
bjリーグコミッショナー 河内敏光